ウィル・スミスの平手打ちにおける海外の反応と日本人が知らないジョーク文化

第94回アカデミー授賞式において、俳優のウィル・スミスがコメディアンのクリス・ロックを平手打ちし、世界中で賛否が巻き起こっています。

海外ではウィル・スミスを批判する声が多いのですが、なぜウィル・スミスは批判されてしまっているのでしょうか。

目次

ウィル・スミスの平手打ち事件

なにが起きたのか

2022年3月27日にロサンゼルスで開催された第94回アカデミー賞授賞式。

主演男優賞の発表の際に、プレゼンターのクリス・ロックと俳優のウィル・スミスの間で次のようなやりとりがありました。

Rock, a presenter at the show, had been firing off jokes during a mini-monologue when he got around to actors and their spouses.

“Javier Bardem and his wife are both nominated,” Rock said. “Now, if she loses, he can’t win.” “He is praying that Will Smith wins, like, please, lord,” Rock continued. “Jada, I love you. ‘G.I. Jane 2,’ can’t wait to see it, all right?”

Jada Pinkett Smith immediately rolled her eyes at the joke.

“That was a nice one!”

Smith walked down the runway toward the stage. Smith approached, and hit Rock. Back in his seat, Smith said Rock “Keep my wife’s name out your fucking mouth!” Rock responded, “Wow dude, it was a ‘G.I. Jane’ joke.” Smith then repeated his demand.

Looking shocked, Rock said, “That was the greatest night in the history of television,”

引用:The New York Times(一部抜粋)

司会者であるロックは、(長編ドキュメンタリー映画賞の)受賞者発表前のミニ・モノローグでジョークを連発し、俳優とその配偶者に話が及んだ。

「ハビエル・バルデムと彼の妻は共にノミネートされている」「今、彼女が負けたら、彼は勝つことができない。」と語り、さらには「彼はウィル・スミスが勝つように祈っているだろうね、お願いします、主よ」って。「ジェイダ、愛してるよ。G.I.ジェーン2』、早く見たいな。」と続けた。

このジョークに、ジェイダ・ピンケット・スミスはすぐに目を丸くした。

「いい意味でだよ!」

スミスはステージに向かってランウェイを歩いた。スミスは近づき、ロックを平手打ちした。席に戻ったスミスは、ロックに 「俺の妻の名前をてめぇのその汚い口から出すな!」と言った。ロックは、「ワオ、『G.I.ジェーン』のジョークだったんだ 」と答えた。スミスは、その要求を繰り返した。

ロックは衝撃を受けたようだったが、「テレビ史上最高の夜だったね」と切り返した。

クリス・ロックが出した「G.Iジェーン」とは1997年に製作されたアメリカの映画。主人公の女性が彼女はアメリカ最難関の海軍特殊部隊の訓練プログラムに挑むのですが、女性であるがゆえに他の訓練生たちからも酷く蔑視され、そこで彼女は髪を刈って坊主頭に変え、男たちと寝起きをともにし訓練に励むようになる。そうした「女」を捨て過酷な訓練に励むオニールのことをマスコミは、(G.I.ジョーの類推で)「G.I.ジェーン」と皮肉るようになる、というエピソードが盛り込まれています。

この坊主頭の「G.I.ジェーン」をなぞられて、ロックはウィル・スミスの妻ジェイダに「G.I.ジェーン2」をやってよといったわけですが、これがジェイダにとっては笑えないジョークでした。

なぜなら彼女は数年前から脱毛症に悩まされており、過去には「始まったときは恐ろしかった。ある日、シャワーを浴びていたら手にごそっと髪の毛が抜けてきた。『私、ハゲちゃうの?』とぞっとした」と語っており、昨年ついに娘のウィロー・スミスの助言で坊主頭にしたばかりだったから。

ジェイダにとって、脱毛症との闘いはつらいものだった。それを夫であるウィル・スミスは当然知っているわけですが、妻であるジェイダがクリス・ロックによる坊主頭ジョークによって傷ついている姿を見て、クリスを平手打ちにしたのです。

補足:この出来事があった後、ウィル・スミスは主演男優賞を受賞しています。

海外と日本の反応

このウィル・スミスのとった一連の行動を見て、日本のSNSでは「妻が侮辱されるのを許さないウィル・スミス素敵過ぎる」「オレもこの状況になったらウィル・スミスのような行動が取れるかな。尊敬する」のように絶賛の声が上がりました。

一方、海外ではというと。

このように、暴力に訴えたウィル・スミスや、そのウィル・スミスに賞を与えたアカデミーに非難が殺到しています。

NewsPicsが出している統計によると、アメリカ人は次のようなスタンスでいるようです。

ウィル・スミスの行動についてのアメリカ人の反応
出典:NewsPicks

ウィル・スミスの謝罪

平手打ちから、ウィル・スミス自身が主演男優賞を受賞するまでには、小休憩時間があったんですが、そこでウィル・スミスはデンゼル・ワシントンに声をかけられています。

そして、主演男優賞を受賞した際のスピーチで、ウィル・スミスは次のように語りました。

What I loved was, Denzel [Washington] said to me a few moments ago, he said, ‘At your highest moment, be careful, that’s when the devil comes for you.
(中略)
I want to apologize to the Academy. I want to apologize to all my fellow nominees.
(中略)
I hope the Academy invites me back. Thank you.

私の心に響いたのは、先ほどデンゼル(・ワシントン)が私に言った、「最高の瞬間に、悪魔が迎えに来るから気をつけろ」という言葉です。
(中略)
アカデミーに謝りたい。ノミネートされた方たちにも謝りたい。
(中略)
アカデミーが私を再び招待してくれることを願っています。ありがとうございました。

アカデミーの公式の見解

ウィル・スミスの平手打ちを受けて、アカデミーは次のように発表しています。

The Academy does not condone violence of any form.は、「アカデミーはいかなる形の暴力も容認しません。」という意味。

また、2022年3月31日時点では、次のような報道も出ています。

[ロサンゼルス 30日 ロイター] – 米アカデミー賞授賞式で俳優ウィル・スミスさんがコメディアンのクリス・ロックさんを平手打ちした問題で、主催団体の映画芸術科学アカデミーは30日、騒動後にスミスさんに退場を求めたが拒否されたと明らかにした。

また、この問題が「不適切な身体的接触、罵倒や脅迫行為、品位を損なう行為を含む」というアカデミーの行動規範に違反していたかどうかを判断する手続きを開始した。

4月18日に開かれる理事会で、資格停止や除名などの措置が決まる可能性がある。

アカデミーは声明で、スミスさんが授賞式から退場するよう求められたものの、拒否したと発表。もっと別の方法で騒動に対処できたと認めた。

スミスさんは、プレゼンターを務めたロックさんが妻ジェイダさんの短髪に関するジョークを言った後、ステージ上でロックさんの顔を平手打ちした。ジェイダさんは脱毛を引き起こす病気を患っている。

この問題について、授賞式で共同司会を務めたワンダ・サイクスさんは、スミスさんが騒動後に主演男優賞受賞を認められるべきではなかったとし、「間違ったメッセージだ」と述べた。

引用:REUTERS

クリス・ロックの反応

平手打ちをされたほうのクリス・ロックについてはというと、こんなニュースが出ています。

The Los Angeles Police Department later told Variety that Rock had “declined to file a police report” following the event.

引用:BBC NEWS

ロサンゼルス市警はその後、ロック氏が「警察への届け出を拒否した」とVarietyに発表した。

逆にもしクリス・ロックが警察に届け出ていたら、立派な刑事事件になっていたということです。

アメリカは銃社会だし、治安が悪かったり、人種・民族間の紛争も多かったりするから、日本よりも暴力に対する忌避感が強い。「単なる平手打ち」で済むほど単純な問題ではないんだよね。

アメリカのジョーク文化

ここまで読んでいただいた方には、今回ウィル・スミスが起こした事件は、決して「奥さんを守ったウィル・スミスかっこいい(´,,•ω•,,`)♡キュン」というミーハーなノリで許される問題ではないことが多少わかってもらえたかと思います。

「でも、ジェイダを侮辱したクリス・ロックが悪いじゃん!!!」「コメディアンだからといってなんでも言っていいの!?!?」「肉体的な暴力は許容されないのに、言葉の暴力は許容されるなんておかしい!!!」

その気持ちはよくわかります。

ではなんでこんなにも海外と日本の反応が違うのか、あらためて考えてみましょう。

アメリカのお笑い文化には「ロースト」というものがあります。

ローストは失敗や短所、外見などをネタに特定の人物をイジるものなんですが、弱者をターゲットにするのではなく、政治家やセレブなどの大物を主にターゲットにします。ローストされるということは、社会的に認知度と発言力があり、また、ネタにされても寛容である人物であると見なされているということ。

スタンダップ・コメディーでは刺激的な有名人イジリがけっこうあるし、アカデミー賞受賞式の場合は、一流の芸能関係者が集まってくるからこそ、司会者やプレゼンターが”あえて”俳優陣をイジるんです。

実際に今回のアカデミー賞で、ウィル・スミスはクリス・ロック以外からもいろいろイジられていたし、ほかの俳優ももちろんバンバンイジられていました。

もはやアカデミー賞の風物詩だよね。

テレビプロデューサーで、日曜朝の情報バラエティ『サンデー・ジャポン』にコメンテーターとして出演しているデーブ・スペクターさんは次のように話しています。

クリス・ロックが少し気の毒なのは、過激なことを言わないと手抜きをしているととられてしまうことです。みんな大物を茶化すのを期待しているという雰囲気はある。アカデミー賞離れが進んでいるなか、彼のようなエッジが効いた人物を起用するというのは、そういうギリギリのギャグを求められているというところもあったわけです。

引用:FRIDAY DIGITAL

もちろん、脱毛症のように、本人が本当にコンプレックスに感じていることをイジってもいいのかというと、決してそうではありません。また、今後、ローストのスタンスが見直されていく可能性はあると思います。

ただ、今回の場合、ウィル・スミスが自身の妻をイジられたことを不快に感じているのであれば、暴力に訴えるのではなく、ちゃんと言葉を使って主張するべきだった。それが大人の対応であり、アカデミー賞にノミネートされる人物としてのふさわしい姿だった、というのが世界の見解です。

BBCニュースでは、Use your word.って非難されてたね。

まとめ

海外の出来事が話題になっているときは、一部を切り取った日本語のニュースですべてを理解したつもりになったり、日本基準で物事を考えたりするだけでなく、歴史的背景や文化まで考慮したり、そもそもなにが起きたのかを理解するためにその場で使われていた言葉がもつニュアンスをつかむ努力が必要。

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