「性善説」「性悪説」は古代中国の性論。英語圏で発生したものではないため、これっていう訳し方が決まっていない言葉です。
じゃあなんて伝えたら英語でも伝わるのか?いろいろ調べたのでまとめておきたいと思います。
性善説・性悪説とは?
性善説
中国、古代の性論の一つで、人間の本性は善であるとする説。戦国時代の孟子が唱えた。彼は人々が善を思うのは、だれにも先天的に道徳的本性があるからで、これを拡大しさえすれば、だれでも善人、聖人になり、人が悪を犯すのは、それを忘失しているからだ、と説き、この本性を「人に忍びえない心」「四端」「本心」「良知良能」などともいった。この性善説は、その後、儒教の道徳実践の根拠を示すものとして継承され、発展していった。
引用:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
性悪説
中国、古代の性論の一つで、人間の本性は悪であるとする説。荀子が唱えたとされる。しかし荀子は、人間の本性は本質的に悪であるとしたわけではない。彼は、人間は環境や欲望によって悪に走りやすい傾向があることを指摘しようとした。したがって、礼や教育次第で、人間は善に矯正できる、と説いている。荀子が主張しようとしたのはいかなる悪も努力次第では直るということであって、あらゆることにおいて、「人間の努力の継続こそが大切である」とする彼の基本理論がそこに現れている。なお、インド、中国、日本では、人間観としての性悪説は、西洋ほどには注意されてこなかった。
引用:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
よく誤解されがちなんですが、人間はもともと悪だけど礼や教育によって矯正できるっていうのが性悪説なんですよね。
あと、注目すべきは、「インド、中国、日本では、人間観としての性悪説は、西洋ほどには注意されてこなかった。」の部分。意外なことに、キリスト教は性悪説なんです。
これについては、たとえば、キリスト教会牧師の小形真訓さんは次のように解説しています。
意外かもしれませんが、キリスト教では、「人間とはしばしば裏切るものであり、お互いに信じあえないのがあたりまえ」と考えます。仏教や神道はどちらかというと人間を性善説でとらえますが、キリスト教は性悪説です。仮にいままで一度も法律違反をしたことがない人も、生まれたばかりの赤ん坊も、すべての人間は例外なく罪を背負っているというのです。
性善説・性悪説の英語
辞書的英語
英語圏ではもともと性善説←→性悪説を比較する文化がないために、これを対照的に表現する決定的な言葉がありません。
では、実際にどう表現したら伝わるのか?
あるブログには次のように記されています。
「性善説」、「性悪説」については決まった英語の訳語があるわけでは無く、以下のように定義されていることが多い。
「性善説」: “ethical doctrine that human nature is fundamentally good”
「性悪説」: “ethical doctrine that human nature is fundamentally evil”
「性善説」を説明しているethical doctrine that human nature is fundamentally goodのdoctrineは、「教義、信条、原理、原則」という意味を表すので、ethical doctrine that human nature is fundamentally goodは「人間の本質は基本的に善であるという倫理的教義」という意味ですね。
また、同じようにして解釈すると、「性悪説」は、「人間の本質は基本的に善であるという倫理的教義」となります。
会話の中での英語①
でも、実際に会話の中で、「人間の本質は基本的に善であるという倫理的教義」「人間の本質は基本的に善であるという倫理的教義」っていう説明的な表現は使わないですよね。
じゃあなんていいたいのか、英語の本質を考えましょう。
きっとこんなことがいいたいはず。
性善説:私は人は基本的に良いものだと信じています。
性悪説:私は人は基本的に悪いものだと信じています。
これなら英語にできそう!実際に英語にしてみましょう。
シンプルな英語で表現できました!これなら異文化のひとにも誤解なく伝わりそう!
ポイントはfundamentally good、fundamentally badのところ。ここが「基本的に良い」「基本的に悪い」を表しています。
会話の中での英語②
I believe that people are fundamentally good.やI believe that people are fundamentally bad.の単語をちょっと言い換えて、表現することもできます。
peopleをhuman beingsで表現しました。
また、最初は「性善説」はfundamentally goodではなくて、basically goodでもOK。「性悪説」も同様に、fundamentallyではなくてbasicallyを使っても表現できます。
▼参考:fundamentallyとbasicallyの違い
会話の中での英語③
決まった訳語がないってことはつまり、違った英語でももちろん表現することができます。
たとえば次のような場合はどうでしょう。
性善説:私の考えは、(人は)生まれつき善として誕生するということに基づいています。
性悪説:私の考えは、(人は)生まれつきに悪として誕生するということに基づいています。
ちょっと複雑だけどがんばって英語にしてみましょう。
ポイントは「善」=good、「悪」=evilで、「善か悪か」と表現するときはborn good or evilという英語にするとすっきりします。
次の表現もネイティブっぽく使えるやつ。
Are people born good or evil?
人は性善説と性悪説のどちらに基づいているのだろうか?
会話の中での英語④
先日海外ドラマを見ていたら、次のような表現もでてきました。
性善説:あなたはいつも人の最高の部分を信じようとしている。
性悪説:あなたはいつも人の最悪の部分を信じようとしている。
これも英語にしてみましょう。
人の中にある最高の部分(=the best in people)、人の中にある最悪の部分(=the worst in people)って表現するのがネイティブっぽいかも!?
▼参考:wannaの使い方を確認しよう。
まとめ
なにを伝えたいのかっていうメッセージの本質さえ捉えていれば、「性善説」「性悪説」は難しくない。
性善説・性悪説
- 性悪説:fundamenally good, basically good, be born good, the best in people
- 性悪説:fundamenally bad, basically bad, be born evil, the worst in people